首都圏青年ユニオン
ニュースレター
第15号 2002年6月21日発行
発行:首都圏青年ユニオン執行委員会
03−5395−5359
E-mail seinen@mx10.freecom.ne.jp
http://isweb39.infoseek.co.jp/business/seinen-u/
青年ユニオンは誰でも、一人でも、どんな働き方でも入れる労働組合です
この号の内容
フォト・レポート STOP!有事法制大集会
牛めしの松屋を青年ユニオンが席捲!?
退職強要で交渉→撤回へ
Close Up ニューフェイスA
レビュー UK PUNK−ピストルズとその後
〜涙と汗の〜 職安訪問記A
日韓非正規雇用労働フォーラム
STOP有事法制中央集会
5・24、6・16と「STOP!有事法制中央集会」が行なわれました。5・24集会には約四万人が、6・16集会には約六万人が参加しての大集会になりました。
その様子をフォトレポートの形でお届けします。参加したPさんの感想つきです。
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人、人、人……。会場最寄の千駄ヶ谷駅に降りたつと、すでに色とりどりののぼり旗を手に仲間と待ち合わせる人たちで一杯でした。駅から会場の明治公園までも人の列はひっきりなしに続き、ひとたび会場に入り所定の場所に落ち着くや、もはや移動は困難なほどの賑わい。翌日の新聞報道でこの日の参加者が4万人と知り納得しました。
さて、長い待ち時間の末のデモ行進では、JNKさん考案のテンポ良いシュプレヒコールと、フライパン隊、そして「おさかな天国」の替え歌のおかげで、青年ユニオンはひときわ目立ち、他団体からの羨望のまなざしを受けました。ただ、残念だったのはそのコース。代々木公園を終点とする原宿コースは、そのほとんどを人が帰ったあとのオフィス街を歩くことになり、私たちの美声がどれほどの人たちに届いたかと考えると残念でなりません。
しかし、こんなにも多くの人が〈有事法制廃案〉を目指して集まったにも関わらず、マスコミの報道はなんとも情けない。『毎日』は10行ほどのベタ記事。『朝日』『東京』は社会面に写真付きの囲み記事で伝えたものの、見出しは「4万人 有事法制反対集会」とあるだけ。『沖縄タイムス』が、地元での有事法制反対集会を、「有事法 廃案を要求」「戦争国家許さず」「募る危機感 55000人気勢」との見出しで一面で伝えたことと比べると、全国紙には「一体どっちの側についているんだい?」と問いただしたくなります。(組合員・P)
牛めしの松屋を青年ユニオンが席捲!?
前号でお伝えしたように、ユニオンでは組合員の労働条件について、松屋フーズと交渉を開始しています。第1回の団交では、有給休暇の取得、残業代の支払い、監査によるペナルティーを止めさせることなどを要求し、認めさせています。これをより多くの松屋フーズ労働者に広め、運動を拡大するために、ユニオンでははがきサイズのビラを作って、組合員が食事に行ったついでに店員に渡して来るという作戦をはじめました。
さっそく、何人もの組合員が、松屋に行き、色々な方法でビラを配布しています。組合に加入したばかりなのにさっそく店員に声をかけて渡してきたTさん、ひしめく常連男性客の視線を感じながらビラをわたしてきたHさん、目の前にいる店員が管理職かバイトか分からなくて配布をためらったYさん.....いきなり労働現場に行ってそこにいる労働者に訴えるという大胆な試みだけに、たかがビラ配布とはいえ、なかなかドラマがありますね。
筆者も夜勤明けに○○○店で渡してきました。何回か行ったことがあるところだし、朝はそれほど客がいないのであまり緊張はしませんでした。ただ、せっかく配るなら直接渡したいと思ってタイミングをうかがうのですが、店員のみなさんなかなか動きに無駄がなく、意外に渡せません。最後にお冷やのお代わりを頼んでそれを受け取った時に、「これ、仕事終わったらみなさんで読んで下さい。」(ニコッ)と渡すことができました。ちなみに、受け取ってくれたのは僕の母親くらいの初老の女性で、照れくさそうな変な笑みを浮かべてました。なんか勘違いされちゃったかな!?
このビラまきキャンペーン、あるいは新聞報道などのおかげで、ユニオンによる松屋の取り組みには反響が広がっています。関西の松屋労働者からも、問い合わせが寄せられています。さらに、○月○×日には第○回の交渉が控えています。この調子で運動を広げ、松屋フーズにもさらに多くのユニオンの仲間を増やしていきましょう!
退職勧奨で交渉→撤回へ
Fという会社があります。その会社で退職強要をうけて、青年ユニオンに加入し交渉したことで雇用を確保しました。当事者の団交参加記です。
私の職場は上司の好き嫌いで人を解雇したり辞める方向にいかせたりいじめがあったりする職場で、昨年は、会社の業績が良くない為、リストラもあり、嫌いな人を辞めさせたので次のターゲットが私になってしまいました。過剰な仕事をさせたり、雑用をさせたりで、仕事がまわらなくなってくると、重箱の隅をつつくという事が、度々ありました。ある日、上司の機嫌の悪い日にぶつかってしまったのです。その日から私に自ら退職を言わせようと何度も上司は呼び出しました。先輩は私の為に話し合いをしてくれたり、かばってくれたり、してくれたのですが、上司は耳も貸してくれませんでした。理由が、「一緒に仕事をしたくないから」という事でした。たとえ辞める事になっても決して自分からは言うまい、負けまいと思い、ユニオンの方に相談したのです。でも、その時はまだ、団交になるとは思ってはいなかったので、すぐに団交という事になって、私のほうが驚いていました。
団交の感想文を書くように頼まれて、少々とまどってしまいました。なぜかというと、こちらが拍子抜けしてしまうような団交だったからです。来ていただいた方に申し訳ないくらいで、団交というともっと激しいイメージがあったのですが、行ってみたらすぐに「そのまま勤めていいですから」と言われて終わってしまいました。ユニオンの方が、その前に色々と話をしてくださっていたからだと思います。私としては会社側が、賃金、雇用形態で、違法していたり、していないので、ただ、人の好き嫌いの感情などで解雇しようとしている場合には、退職という方向になるのでは、重箱の隅をより一層つつかれて嫌な思いをするのだろうと思っていました。すごく不安がありました。でも、勝てるものなんですね。会社にとっては、初めての事だと思います。解雇を拒否した人も、団交した人も、解雇が取り消された人も。昨年のリストラや同じ部署で、いじめられ辞めていった人がいた時点で、ユニオンの存在を知っていれば、皆が悲しい思いをしなくてすんだのだと思うと悔しいです。今後は、職場で苦しんでいる人の力になってあげたいと思います。今、私には、嫌がらせを上司がしてくることはほとんど無くなりました。雑用は、たまに言われたりしますけれども、彼らも、私の後ろにはユニオンがいるので、下手なことが出来ないようです。こんな、くだらない嫌がらせでも、助けてくれるのでこんな事は言えないと勇気が出せずにいる人は、声をあげても良いのではという例にはなれたのかなと思います。
Close Upニューフェイス ――AM社 Tさん
前号からスタートしたこの企画、毎回新しくユニオンに入ったメンバーを紹介します。
はじめまして、Tです。私は以下のような経緯で自分の待遇に、疑問と不満をもったことがきっかけになって、ユニオンに加入しました。
私の職場は保険専門のコールセンターです。当然ですが電話オペレーターが中心的存在で、主な業務は契約者や営業職員からの電話による問い合わせに答えることや、契約内容の変更手続きなどです。正確な割合は不明ですが、大半がパートないしアルバイトだと思われます。
私は最初この電話オペレーターになるつもりで入社し、1ヶ月の研修を受けて業務につきましたが、向いていなかったらしく約2週間でFAXの回収・仕分けなどが中心の別の業務につくように言われました。私は、すぐに次を探す気力もなかったのと、受けた研修が役立つ、と言われたので、時給が下がるのは不本意でしたが、了承しました。
11月に私達の部署では2002年1月末までの勤務状況で査定を行うといわれました。時給の上限はオペレーターの最低時給と同じです。2月の契約更新時に査定の結果が通知されましたが、時給は最低に据え置きでした。11月に通知された査定の「評価項目」は、出退勤のほか「対応力」「職務能力」などを6段階で判断するというもので、評価の根拠が不明確です。しかもオペレーターに対しては個別の面接で査定の結果を説明するといったのに、私達はそれすらも言われませんでした。
業務の内容がオペレーターほど高度ではないことは認めますが、約半年間今の仕事をして、新規見積り申込書の不備チェックや、契約変更の申込書の受付入力などで、少なくとも保険の知識のない新入りの人に比較すれば、もう少し評価されてもよさそうなのに、と私と同期入社で、同じようにこの部署に回された同僚は不満をこぼしており、私もそう感じていました。
仕事が変わり、時給が下がったことを前からの友人だったニュース係のK君に話した時に、ユニオンへの加入を勧められました。非常に多忙だったのと、別の仕事を探すことも考えていたりしてすぐに加入しなかったのですが、どこで働くにしても入っておいたほうがいい、というK君の勧めもあって、今回の加入に至りました。
今回ユニオンに相談してすぐに、就業規則をみせてもらいました。総務の担当者には、就業規則は希望者にしか見せない、持ち帰りやコピーはできない、私たちの部署については別に規定が必要だが、まだできていないので不明の点は聞くように、などといわれました。就業規則は「特別社員」について規定をしており、事実上オペレーターについての規定でした。また、私達の雇用契約書も「オペレーション業務」を行うとされています。
とはいえ、ユニオンに相談する過程で、就業規則の不備や、開示しないことの不当性を指摘することはできても、それだけを根拠にオペレーターと同じ時給を要求することは困難だといわれました。ほかの同僚の考えを聞き、現実的に可能な待遇改善の要求を引き出して求めていくという方向で、地道に粘り強くがんばろうと思っています。
レビュー
UK PUNK−ピストルズとその後
組合員 雨宮 勲
イギリスのパンクロッカーの代表者といえばやはりセックスピストルズでしょう。中には「いや、クラッシュだろう」という人もいると思いますが、大衆的な知名度から言えばピストルズには及ばないのではないでしょうか。1975年、総失業者数200万人以上という大不況に陥っていた大英帝国において人々の怒りと不満が渦巻いていたとき、それをもっとも簡潔な言葉でたたきつけたのがピストルズでした。その言葉とはつまり、「ノーフューチャー」と「デストロイ!」です。社会のしわ寄せを最も食っていた若年層(大学進学率わずか4%。でも肉体労働の職すらない)にとって未来に夢も希望も抱けない状況の中、その言葉はひとつの「真理」でした。この時期には先述したクラッシュやダムド、シャム69といったバンドがいくつも現れ、「パンク」というジャンルが形成されました。
ただ、そんなパンクの隆盛期も終わりはすぐにやってきました。79年にピストルズのベーシストで、カリスマ的人気を誇っていたシド・ヴィシャスがドラッグによるオーバードーズによってこの世からいなくなります。それとともにマスコミに盛んに取り上げられ、商業的になりすぎた「反体制ロック」は意気消沈していきます。一方、ピストルズが解散した78年頃から、より攻撃的な音を引っさげて「パンクは死んでいない」と狼煙を上げたのがハードコアと呼ばれるジャンルの人々でした。ピストルズの掲げたアナーキズムを実践すべく、より暴力的なサウンドと、アンチ・キリスト、アンチ・性差別といったメッセージを正面に据えて登場したクラス、怒りの爆音で反戦反暴力を伝えたディスチャージ、GBH、ディスオーダー、カオスUK、コンフリクトなども有名です。彼らは怒鳴り、爆音を撒き散らし、観衆を熱狂させました。
今でもハードコアはイギリスにも日本にもありますし、今では一定の地位を築いていると言ってもいいでしょう。中でも僕が音楽的にもメッセージ的にも気に入っているバンドが「ディスラプト」です。彼らは94年にも「UNREST](社会的、政治的動揺という意味)というタイトルのCDアルバムを出しており、今でも精力的に活動していると聞きます。
イギリスと同じく、今日本で一番しわ寄せを食っているのは僕たち青年です。反体制運動の先頭はいつも青年だった、ということでその中の6曲目「UNREST」という曲の歌詞を紹介してこの文章の結びに変えたいと思います。さあ皆さんもご一緒に・・・「PUNKS IS NOT DEAD!」
UNREST
TVで僕は一人の黒人を見た
権力によって残忍にも彼は地面にたたきつけられた
警棒によって何度も何度も繰り返し
他にも権力の濫用は存在する
まさにそいつら警官はすべて白人だった
六対一でその夜白豚どもは自ら証明したんだ
年中いつでも人種差別による犯罪が行われていることを
今がそのときだ
よどんだまどろみから立ち上がれ
人種差別犯罪をやめさせろ
そいつら大きくなる前に
〜汗と涙の〜
職安訪問記(その2)
By.ワン子
<おなかすいたよ、まだかいな…>
「続いては2階に上がって、窓口に書類を出して、名前が呼ばれるのを待つんだよね」なんてへらへら階段を上っていた私は、途中で固まってしまった。給付課がある2階は部屋の外にまで人があふれ、朝8時台の上り中央線並みに混んでいた…。
やっとの思いで書類をケースに突っ込んだが、その後も立っていられる場所がない。後ろからは次々に人が入ってきて突き飛ばされ、すり抜けられ…通路の反対側には椅子があるが、もちろん満員御礼状態。傘を倒す人、眠りこけてる人、受験勉強している人と様々ながら、妙にしーんとしているところまで満員電車と同じだった。
2階に着いたのが11時で、何とかお昼休みまでには呼ばれるかな〜などと軽く考えていたのだが、なかなか呼ばれない。お腹は空いてくるし、のどは乾くし、トイレにも行きたい。でも呼ばれたら困るしな〜。せっかく座ったこの場所を取られちゃうとつらいし…なんて悶々としながらひたすら待つ。これから給付手続きに行く皆さん、お水は持っていった方がいいですよ、ほんと。(ビスケットを持って行ったんだけど、部屋の中で食べている人がいないので遠慮してしまった)
結局呼ばれたのは約2時間後。先ほどの質問票に沿って質問されたり、失業給付の受給に必要な手続きを説明される。離職後の就業については、なるべく正直に言っておいた方がいいみたい。相手は丁寧に話を聞いてくれるし、細かいアドバイスもしてくれた。
<さていくらもらえるか?>
これが一番肝心な点ですわ。
失業給付=「基本手当」の日額は、簡単に言うと離職日の直前6ヶ月間に支払われた賃金総額を180で割った額に、60%を掛けた額です。じゃ職安で手続きすればすぐもらえるかというと、これが渋い!まず、7日間の「待機期間」。この期間は、失業給付の支給対象にならないのはもちろん、就労したりするとその後の支給もされないことがあるので要注意。たとえお手伝い程度でも、就労すると引っかかります。
そしてさらに自己都合退職者の場合は「給付制限」で3ヶ月間待たされる!ああ。5月7日に手続きをした私の場合、失業給付がもらえるのは8月中旬になってからというわけだ。
しかも雇用保険法の改悪で基本手当の給付日数が削られたので、自己都合の離職者は被保険者期間が5年未満だと90日分しか支給されないのである。3ヶ月以上待たされた末にもらえるのは90日分だよ!?…『受給資格者のしおり』なる冊子には、「あなたが失業中の生活を心配しないで仕事探しに専念し、再就職するために役立つ」なんて書いてあるけど、失業中に3ヶ月も収入なしで誰が仕事探しに専念できるんだ。いくら職業斡旋をしてくれたって、このご時世で90日分だけ支給してほったらかし、そりゃないだろうと思ってしまう。失業中だろうが何だろうが税金は取られるし、各種保険料も払わなきゃならないし、ほんとにこの国の政治は冷たいね。
(…以下次号に続く)
日韓非正規雇用労働フォーラム@
〜去年の冬、韓国に行って考えたこと
2001年11月、ユニオンの仲間数名と韓国を訪問した。そこで学んだことは、第一に韓国では90年代末、経済グローバル化による経済危機の中で、新自由主義と言われる構造改革が進められてきたこと、第二にそうした中でパート・臨時・派遣・バイトなど非正規雇用が激増し、現在その割合は労働人口の半分を越えていること(女性の場合8割、なお日本では3割)、第三に非正規の賃金は正規の半分以下で、労働法による保護や最低賃金・社会保障などの制度も不完全で非正規の要求に応えていないこと、第四に、しかしほとんど未組織であった非正規労働者を組織するために、主要な労働組合が企業別組合から産別組合に移行しつつあることである。また日本政府が、日韓レベルの投資・自由貿易協定を足がかりとして、中国・ASEANを含む東アジア版の完全自由市場圏をつくり、同時にその治安維持のために日米安保・自衛隊を活用しようとしていることに対し、韓国の労働者たちが批判を強めていることも知った。もちろんそれは、過去の日本帝国による朝鮮半島への経済的・政治的侵略の記憶ともつながっている。いずれにしろ、日韓にはかなり共通する、協力して克服していかなければならない問題が山積している、労働組合が双方学びあえることも多い、そんなことを思いながら帰国した。
日韓非正規労働フォーラムA
〜W杯とはひと味違った草の根の日韓交流に参加しよう!〜
JNK(組合員)
訪韓中のイベントでたまたま同じ会場で報告をしていた韓国非正規労働者センターの青年職員と帰国後もチャットで連絡をとりあい、2002年11月10日前後にソウルで日韓非正規労働フォーラム(Contingent
Workers' Forum)を共同開催しようという話になった。CWFの目的は、非正規労働者の抱える問題や多様な労働組合の取り組み、そして非正規の権利を確保するビジョンなどについて話し合うことを通じて、青年・女性を中心とした日韓の非正規労働者が心を通わせられる交流をはじめることである。そうしたシンポジウムを1〜2日おこなう他に、韓国の大きな労働祭やレクレーション企画にも参加し、プルコギやマッコリを堪能しつつ、新たな友人と片言の英語やジェスチャーで親睦を深める、そんな楽しい旅にしたい。もちろん趣旨に賛同するなら正規・非正規問わず誰でも参加可能。参加募集中!
7月27日(土)は青年ユニオンとCWFの合同企画!
今、日韓双方でCWFの実行委員会を立ち上げている。日本側はこれまで2回、非正規労働者にとっての経済グローバル化の影響を勉強したり、CWFのプランを検討してきた。実行委には、青年ユニオン以外の労働組合や市民団体からいろんな人が参加している。今後も、7月27日、9月28日、10月12日、11月2日の4回を予定している。実行委は毎回、一般向けの学習交流とCWFの準備会を兼ねたものとしている。
今度は青年ユニオンとの合同企画なので、ユニオンの仲間にも気軽に参加してほしいです。雇用保険など青年労働者の生活にとって大切な制度を勉強します。