首都圏青年ユニオン
ニュースレター

第16号  2002年7月25日発行

 発行:首都圏青年ユニオン執行委員会

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青年ユニオンは誰でも、一人でも、どんな働き方でも入れる労働組合です



今月のメニュー
居酒屋の美禄亭で賃金未払いを解決
M屋団交感想A
Close Up ニューフェイスB
レビュー  パンを、しかしバラをも
〜涙と汗の〜 職安訪問記B
レビュー 「稲の旋律」





居酒屋の美禄亭で賃金未払いを解決


「今月末でお店を閉店します。」

 今年2月初頭に、突然、店長から閉店宣言を聞かされた従業員たちは、しかしここ一年間、給料の遅配がつづいていた。店長は給料の支払いを約束したものの、閉店日を迎えたとたんに雲行きが怪しくなり、「分割で・・・」と言い残したまま連絡がとれなくなってしまったのである。「流行り」の賃金踏み倒しが、居酒屋「美禄亭」麹町店の労働者にも降りかかってきたのである。

 その後、青年ユニオンに駆け込んできたのは小川さんと風雅さん。2ヶ月の未払いは合計30万にのぼっていた。経営者をあぶり出すため、さっそくユニオン・メンバーの協力を得ながら、登記簿を洗い、事務所と店舗を探索した。時間をかけること3週間。「閉店」は実は嘘偽りで、リニューアルオープンしていたことをつかみ、しっぽを捕まえた! 

「人の金、かすめ取っておいて、ふてぇ野郎だ」てなことで、さっそく団体交渉要求書をつきつけ、いざ団交。即日で仕留め、もとい円満解決。未払い分全額を支払う協定書を締結した。確かに経営は苦しいようで、解決金は三分割で払うことになっている。支払うまでにトンヅラしないように見張っていないといけませんね。

 賃金遅配が始まったら、すぐにユニオンに連絡するべき。予めできるかぎり資料を集めておき、確実に支払わせる準備をする必要があるから。経営者がいなくなってから追いかけるのは、大抵うまくいかない。「美禄亭」のケースは運が良かった。

 来月号には、本人たちからのレポートをお願いいたしましょう。てなことで、小川さん、風雅さん、よろしくね。

(阿久津)



Close Up ニューフェイスB Oさん


毎回新しく(?)ユニオンに入ったメンバーを紹介します。

 組合員の皆さま、こんにちは。私は昨年9月に加入いたしましたOです。我が社は、年間10数名の退職者がでる程の待遇の悪さを持ち合わせてます。家族ゲーム(経営)のような、感情で全てを判断する、そういう人々が上層を握ってます。その狭間で、入社したての若輩者(私)が、業務の仕切りから同日入社の若者君(新卒扱い)の社員教育までをせざるをえない状況に押しやられたのです。業務上は、中途採用ということで惜しまぬ努力を重ねていたのですが、人の教育に関しては?と思い、上司や同僚に助けを求めました。

 しかし皆さん他人事で「見てみぬ振り」でした。上司と思っていた人にも「私はしりません」とはっきり言われました。1年後、そのことを追及したあげく言われのない罪を押し付けられ、上司の感情の意のままに私の査定は悪かったです。「自分は自分、人は人」と笑顔で割り切れる人々が、我が社へ根を張るようです。

そして・・・・5/22団交初参加いたしました。その方が「団交をする!」という決意を聞いた瞬間から、私の胸はワクワクしてました。なぜって?それは「正しい事は正しい!!と胸をはって言える」からです。弱いものいじめとか、不正に対する傲り、それから時代錯誤のモノクロさん達って多いじゃないですか!そういう人たちが許せないんです。

でも、行動するのってパワーが必要ですよね。ミクロのパワーでも集まれば、相乗効果でメキメキ力が湧いてくるんですよね。当事者の友人のEさんは、上司からの嫌がらせをずーっと受けていました。Eさんの生真面目さが利用されていたのではないかと思われます。そして嫌がらせはエスカレートし、ユニオンにEさんを紹介してすぐに「退職強要」を迫られたそうです。それまでも、何度か退職を促すような事を言われたようです。Eさんはいざという時のために「嫌がらせ撃退法」(のような本?)を読みはじめ、果敢に戦っていました。ユニオンに入る時期も功を奏して、Eさんは勝利を勝ち取ったのです!!
団交当日、課長、部長の弱々しい姿ったらなかったです。一番堂々としていたのは、やはり弁護士でした。

法の下では皆、平等です!!知らぬが仏ではなく、しっかりと学びましょう!ミクロの力をつなげてマクロにしていきましょうね。



レビュー  パンを、しかしバラをも

〜 映画『ブレッド&ローズ』の紹介 〜

by JNK


■全米にとどろいた「清掃員に正義を!」

ケン・ローチ監督映画『ブレッド&ローズ』が8月日本公開される(銀座シネ・ラ・セット)。ロサンゼルスのとあるバス停で、中南米系の清掃労働者たちに偶然出会った脚本家ポール・ラヴァティが、彼女たちと話をして書き上げたこの映画は、全米サービス労組(140万人)が2000年におこなった、不安定雇用の清掃員たちの組織化キャンペーン「清掃員に正義を!」をモデルにしている。全米10万人の清掃員を労働組合に組織し、その労働条件を大幅に改善したこのキャンペーンは、アメリカ労働運動の再生を示す近年の最も成功した運動とされている。

■『ブレッド&ローズ』の舞台

 ロサンゼルスのオフィス街、繁栄するIT・金融産業の中心地。夜、オフィス街から正社員たちの姿が消えた後、誰にも気づかれずに掃除道具をもった集団がビルに入っていく。多くは女性、シングルマザー、マイノリティ、中高年、そして豊かさを求めて不法に越境した第三世界の若者。彼女たちは劣悪な住宅に暮らし、パートタイムの低賃金労働をいくつもかけもちし、医療給付もない。清掃請負業者に雇用された彼女たちの抱える困難など、ビルのオーナーやテナント企業はまったく知らん顔。そんな「見えない」社会に、メキシコ人女性の主人公が飛び込んでくる。

パンとバラを求めて

 1912年マサチューセッツ州、紡績工場の数万人の女性労働者が、賃下げなき時短、労働者を競争させる労務管理の廃棄、残業代支給、などを求めて9週間のストライキをおこなった。そのときに初めて掲げられたスローガンが、“パンを、しかしバラをも”。毎日パンが食べられるまともな生活がしたい、そして人間としての尊厳を回復したい、その思いは全米の労働者の共感を呼び、労働歌『パンとバラ』が生まれた。21世紀に入り、グローバルに不安定雇用労働者が増えている中、この映画は日本の私たちにも勇気を与えてくれるだろう。


    〜汗と涙の〜

  職安訪問記(その3)

        By.ワン子

<雇用保険説明会>

前回失業給付手続から10日後、「雇用保険説明会」に出席した。当日は市民会館のホールで、ビデオも使った説明会が行われた。内容は、この「職安訪問記」で前回までに書いてきたことの繰り返しになるので今回は省く。…ただ、笑ったのは不正受給についてのビデオ。それまでは、落ち着いた感じの女性が大きな生け花をバックにニコニコと手続などを説明するのに(しかし失業者にとってあの立派な生け花は嫌味以外の何物でもない)、不正受給の話になると一転、強面のオヤジさんが出てきて「不正受給は絶対に発見されます。見つかると給付金の返還はもちろん、一定金額の納付や、刑事罰の対象になることもあります!虚偽の記載は絶対に止めましょう!!」(机をドン!と叩く勢い)と力説?なさるのである。


<失業認定について>

今、失業者の増大で雇用保険財政が悪化し、積立金も来年度には枯渇する恐れがあるので、厚生労働省は雇用保険料を値上げする方向(日経新聞6/21付)だとか。同時に、失業者の失業認定を厳しくして不正受給を減らすという。

「失業認定」とは、失業手当を受けるために、指定された日に職安に行って“失業状態にあること”の認定を受けること。原則4週間に1回の「認定日」に、失業認定申告書と受給資格証明書を提出する。

この申告書のカレンダー上にアルバイトなどで働いた日に○、内職などで収入を得た日に×をつける。○印の日は“失業”ではないので給付なし、×印は減額される。そして期間中仕事探しをしたか、その方法、しなかったならその理由…を記入する(日経7/13付参照)。

<じゃ、不正受給って何さ?>

実際は就労していても隠したり、仕事探しをしていないのに探したと書いたりして給付を受け取ることなんだけど、今後厚労省は失業認定申告書の様式を変更したり、抜取検査を実施したりして不正受給の防止を図るという。

…それはそれで大切なことだと思うけどさ、他にもやるべきことがあるのでは?雇用保険財源確保のためと言うが、現に困っている失業者を脅してまで財源確保なんて本末転倒。雇用保険への国庫補助なんて、削られる一方なんだから。大体、これだけの失業者を生み出している政治や経済の仕組みを何とかしないと結局いたちごっこでしょ。

 実際、ワン子も第1回認定日に行きましたが、書類のチェックは○や×があるかないかだけなの?というくらい簡単なもの。だって職員の数に比べて、給付手続に来ている人数が多過ぎるんだもん。この状態を何とかしないとどうしようもないよ、ほんと。(→続く)


                    


レビュー 「稲の旋律」

感想文なんて十年ぶり書きました


 対人恐怖症から大学を中退、勤めた会社も辞めてひきこもり状態にある藪崎千華は、彼女の出したSOSの手紙を拾った千葉の農家の広瀬晋平と文通を始める。この物語は、彼らの往復書簡という形式で進んでいく。

 千華は、苦労してきた母親を幸せにすることが自分の使命だと信じ、小さい頃から“ピアノが上手で優しく、友達思いのいい子”を演じ続け、それが破綻して社会と関われなくなり、ひきこもってしまう。しかし、晋平との文通や農作業を通じて、「時には、しょうがないや、とあきらめることも必要」なことや、「自分はちっぽけで転ぶことだってある」「少しくらい転んだって自分が壊れることはない」事を確認していく。そんな体験を重ねて、千華はもう一度自分自身を信じてみたいと思えるようになるのである。

 この物語の千華は、ちょうど私と同じ位の年齢設定である。この年代は、“第二次ベビーブーム”で偏差値教育の真っ只中。田舎育ちの私でも中学は1学級46〜47人で、教壇の横にまで生徒の机が並ぶ異様な状態で授業を受けた。そんな中で、少しでもまわりに差をつけるには、先生の言うことには何でも従い勉強もきちんとする優等生になるか、悪いことをして困らせるかしかなかった。小・中・高といわゆる「優等生」で来た私にも身につまされる話が多い。

 この物語の往復書簡形式は斬新だった。確かに「ト書き」が入らない分、やや説明的な部分が出て来るのが気になった。しかし後に、自身もひきこもりの体験がある著者の旭爪あかねさんの、「私にはまだ登場人物を直接的に対峙させ、ぶつけ合わせると言うやり方は怖かったのです。主人公も現実の私もまだそういう段階でした」という談話を読んで、自分の認識の甘さに気付いた。ひきこもりはそれほど重い体験なのだ。

 ひきこもりが社会的に認知されるようになったのはまだ最近だ。ひきこもる人の家族が記した言葉がある。「風呂に入ってほしい。一緒に散歩してほしい」「探し探して12年、いまだに適切な機関が見つかりません」「20年以上経過。どうしてよいかわからない」…親も子も孤立し、助けを求めている。原因も様々であろう。

 ただこの作品を読むと、「効率的であること(だけ)が良いことだ」とする風潮や、親が子に期待をかけ、子もそれに応えようとする家族のあり方にも目が向けられるべきだと思える。少なくともこの国の某大臣のように、「ひきこもりは甘えだ」などという認識ではこの問題は絶対に解決しない。何かの期待に応えるためでなく、自分自身が惹きつけられたことに素朴に真っすぐ向き合って生きてみたら…千華は私達にそう問いかけている。(森野 都)